妻はご機嫌

煙草を吸いながら彼は携帯電話の着信を確認していた。
仕事の電話が一件、そしてメールが一通。
彼は携帯電話を見て、顔をしかめている。気まずそうに。

見せて、と言うといつものように彼は私に電話を差し出した。
「なんか、最近、様子がおかしいんだ」と言いながら。

妻からのメールだった。

様子がおかしいって？
また荒れているのね？
今度はどんな攻撃をしかけてきたの？

ところがメールの内容は、全く穏やかなものだった。
普段の妻なら絶対に言葉にしない、ねぎらいの言葉に続いて
遅い時間に帰宅しても簡単な食事なら作るから連絡してねと
いうような文面だった。彼の不審な行動に対して探りを入れる
ような部分もあったが、全体的には慈愛に満ちていて素っ晴らしい（笑）

彼は前日、子供の事を理由に帰宅していた。
その前まで妻は嵐のように荒れていたのに、これほどまでに
豹変しているからには、彼はきっと妻の機嫌をとったのだろう。

「よかったじゃない。同じなら仏頂面で待たれるよりも、
お夜食でも作って優しく迎えてもらうほうが気楽でしょう。
いったい妻にどんな風に優しくしたのかしらね（笑）」

と言う私に、彼はしぶしぶといった様子で答える。

少し話をした、と。
子どものことなどを話し合ったんだという。
なるほどね。目に浮かぶわ（笑）
ゆったりと、穏やかに話しを聞いてやったのだろう。

私がどんなことにも揺るがない強い心で愛していると
あなたは信じ込んでいるのね、きっと。
だからこそ、何でも私に話すのよね？
レイコならば受け止めてくれると甘えているのよ、そうでしょ？

笑止千万。

確かに私は彼を愛している。それは認めましょう。

しかし。

時にはつまらなくも感じるし、馬鹿らしくなったりもする。
機嫌が良いときがあるように、手がつけられないくらい不機嫌な
ときだってあるのだ。あなたには見えてないだけよ、ダーリン。

そうね。こんな風にあなたと妻の茶番劇を垣間見たときなんか
最高に投げやりな気分になるってものよ。

私は静かに泣いてやった。

棘のある攻撃的な態度よりもずっと効果的に、だ。
涙を流すくらい、簡単だ。心の中で舌を出しながら泣くぐらい、
女なら誰にでも出来るのよ。

彼は困った顔をして、言葉を尽くす。
あちらこちらで使い古されて、私自身も聞き飽きたような
「愛の囁き」ってやつだ。

愛しているよ、心から。
（ええ、家庭を壊さない程度にはね）
どんなことがあろうとも、俺の根底にはレイコが居る。
（そしてあなたの家には妻がいる）
何もしてやれなくてごめんな
（いいのよ、妻の実家の面倒見るので精一杯でしょ）
仲良くしような、ずっと
（ええ、そうね、ブラボー！）

神妙な顔つきで涙を流しながら、彼の言葉を心の中で
茶化している程度の憂さ晴らし、私もお笑い種よね、ふふ。

あなたをいじめたいときもあるのよ（笑）